戸隠の歴史

修行道の霊場・戸隠

 平安末期、後白河法皇によって編纂された歌謡集『梁塵秘抄』に、「四方(よも)の霊験所」のひとつとして「信濃の戸隠」が登場しています。
鎌倉時代の頃には、戸隠は、高野山、比叡山に匹敵する一大霊場に数えられたといわれ、宿坊の数も増えて、「戸隠三千坊」と比喩されるほどの勢いでした。また、室町期には、戸隠信仰は善光寺信仰とセットで流布していたと見られ、多くの僧が戸隠、善光寺両方に参詣した模様を記した道中記が残されています。