高妻山神鏡碑


戸隠連峰の最高峰、2353mの高妻山附近には昔、修験者の登山道である大澤通りが通っていました。随神門の少し手前、参道右脇に建つ高妻山神鏡碑は、大澤通りの入口といわれているところです。

「高妻山神鏡 大澤講々長武津信 大澤通苅分」と書いてあります。


文久2年(1862)、高妻山に仏心という者が入峯して神鏡を安置しました。
今でも高妻山の頂上には高さ2m、直径63㎝、重さ40㎏とも思わせる青銅の鏡が残っています。

慶応元年(1865)には仏心が草木を刈って道を作る「大澤通苅分」を成し遂げており、神鏡碑はその時の記念碑だと言われています。


道標

高妻山神鏡碑のすぐ先に丁石があり、「廿一町」とあります。

随神門のすぐ先には木に食べられている丁石「廿三町」があります。

一の鳥居跡にあった「従是中院神前迄五十三丁」の石碑を起点に、宝光社まで四十三町、中社へは五十三町、中社から奥社へは三十町とされています。


食べられた丁石

廿三町の丁石です。