一の午王橋供養石


この供養石には
「文化七寅午歳七月造作之 徳善院順寛・村越義光」
とあります。文化七年(1810)、中院の徳善院(現:極意家)の取次によって村越義光が、自分自身が善根を積むためか祖先の供養のために私財を投じた、或いは徳善院と共同で建てたものかと思われます。


「左 ぜんくハうじ道 右 うへの村みち」
と彫られ道標も兼ねる橋供養塔です。