別当久山家の墓所 |
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足神さんからしばらく登ると、旧戸隠山顕光寺の別当であった久山家の墓所があります。 江戸時代まで戸隠は神仏習合のお寺で顕光寺と呼ばれ、千石の寺領がありました。その一番地位が高い役職は別当と呼ばれ、大名と同じくらいの権力がありました。 ここは代々別当の墓所で「旧戸隠山顕光寺・本坊勧修院歴代別当職墓・久山家」と「歴代別当職・宮司職奥津城・久山家」の墓所が間隔をあけて並び、江戸時代初期の第45代別当賢栄の墓塔、幕末明治を生きた最後の別当かつ最初の神主、久山理安の墓などが苔むしているのが見つかります。 戸隠信仰の歴史を秘めて並ぶ、別当職のお墓です。 |