戸隠神社について

三本杉の話

 戸隠神社中社の前に鳥居を中心にして、大きな杉の木が三本、正三角形状に並んで立っています。三角形の一辺は、およそ72m。この三本の杉がどのようないきさつで植えられたかは諸説ありますが、ここではその杉にまつわる伝説をご紹介しましょう。

 伝説は山中の戸隠におおよそ関係のなさそうな、海辺に住む漁師の事から始まります。

 昔、若狭の国に、ある漁師がおりました。この漁師は妻を亡くして、子供と三人で住んでいました。ある天気の良い日、漁師が一人で漁をしている時、入江の奥で水浴びをしている美しい女性を見つけました。漁師は「珍しい事もあるものだ」と思いつつも、しばらくその女性に見とれていましたが、やがて女性の体に奇麗なウロコがあるのに気が付きました。「ああ、これが昔からいわれている人魚なのか。捕まえて他の者にも見せてやろう」と思い、漁をするために持っていた網でついに人魚を捕らえてしまいました。
人魚は一生懸命、命乞いをしましたが珍しい生き物を捕らえたと有頂天になっている漁師は、これを一向に聞き入れようとせず、ついには人魚を殺してしまったのです。漁師は人魚の肉を家に持ってかえり、家の中にそれを隠しておきました。

 翌日、漁師は漁をするために、再び一人で浜辺に出かけて行きました。漁師が漁をしている間、留守番をしている三人の子供は、 しばらくは遊んでいたものの、だんだんとお腹がすいてきました。そこで何か食べるものはないかと探したところ、昨日、父親が 隠した人魚の肉を見つけました。もちろん子供たちはそれが、何の肉か知る由もありません。ついに子供たちは空腹に耐えかね、 その肉を煮て食べてしまいました。
漁師が漁を終えて家に帰ってくると、昨日、確かに隠しておいた肉が見つかりません。さては・・・と思い、子供に問うてみた所「食べてしまった」という 答えがあり、たいそう驚きました。なぜなら、人魚の肉を食べた者は人魚になってしまうと、古く から言い伝えられているからです。果たしてその言い伝えのとおり、みるみるうちに子供たちの身に異変が現れました。次から 次へと体にウロコが生えてきたのです。漁師はなすすべもなく、眠れない日々を過ごしました。
そんなある日、疲れ果てて一瞬、まどろんだ時に「漁師よ、剃髪して出家せよ。そして戸隠大権現に詣で、子供を救うため、忠誠 を誓うため、三本の杉を植えよ。そして、戸隠三社の御庭草を八百日踏んで、そちの無益殺生の後悔の真情を神に祈れ・・・」とのお告げがありました。ハッ と目覚めてみれば、傍らにはすでに冷たくなった三人の亡骸がそこにありました。
漁師は、早速、このお告げを近くの住職に語り、お告げのとおり剃髪をし、子供と妻の位牌を身につけ、お告げのとおり海辺より戸隠 大権現へはるばる赴きました。名前も「八百比丘」と改めて・・・。そして、現世の減罪と永代の繁栄を祈りつつ、正三角形に三本の杉を植え、三社の御庭草を 八百日踏んで、八百比丘の名を残しました。